ブローカーズの窓

 正念場を迎えた造船  
2013年2月掲載

月号で2013年の中国経済の最大の問題点は、過剰投資に伴う過剰設備問題であると述べたが、その最先端を走っているのが海運と造船である。 
以前にも述べた通り、史上最高で最長の海運市況は、造船業へ巨額の投資を呼込み雨後の竹の子の如く1,500社の造船企業を誕生させた。当然の帰結として船腹過剰での海運市況暴落と因果的に造船業の縮小が避けられない事態を現出させた。 
海運にとって造船の縮小がなければ海運市況の本格的な回復は困難である。現在の造船業の悲惨な状況は中国造船業の急激な拡大に伴うものであり急激であっただけに中国が最も危機的状況となっている。従って、その実態の把握が急務となっている。 
中国の造船業は国営と民営企業の2種類があり設備縮小過程で次の3点が注目される。

● 「市場の見えざる手」に調整を任せるのか、即ち、放任されるのか?
● 「見える手」である保護・助成策が必至の状況下、国営と民営で差別されるのか?
● 国営でも中小企業は切り捨てられるのか?

今回は、12年からの中国を中心とした造船業の推移と中国政府による助成策を整理・分析する事とする。然し、造船の調査部門から先刻承知とお叱りを受ける事となるかも知れないが、海運市況のファンダメンタルを左右するものであり敢えて取上げる事とする。

(一) 実態と状況の推移
  1) 12年の推移

i) 受注状況 市況悪化に伴う船価暴落で赤字受注となる為新規受注に消極的とならざるを得なかった。

  • 1-6/12の受注実績は前年同期の半分以下とであった。 一方、この間の竣工量は受注の3倍となった。 竣工量を能力だとすれば受注量は能力の1/3に過ぎなかった。
  • 1-8/12では中国の622の造船所の内138(22%)が受注ゼロであった。 一方、造船能力では156(25%)の造船所が12%の受注に止まっている。 大雑把ながら、全体の約50%が受注不足となっている。 又、中国の資料が欠落しているが、CGT(Compensated Gross Ton)ベースで、韓国の造船所は10%が受注ゼロで堅調振りを示し、日本は円高の所為で30%が受注ゼロで苦境に立たされている。
  • 1-12/12でも1/3の中国造船所が受注ゼロであり、回復の兆しが殆ど見られなかった。

ii) 稼働状況

  • 1-6/12で、資金繰りの悪化で中国の小企業(国営が多いと推測される)と民営企業の80%が撤退乃至は撤退の過程にあると言われた。 淘汰が始まっていると言える。
  • 1-12/12で、90万CGTの能力を持つ45の造船社が不稼働となり、4%が造船業から撤退したと見られている。

iii) 正念場の13年の状況

  • 資金繰りの悪化で零細企業と民営企業の80%の企業が海運業から撤退乃至は撤退の過程にある。 この状況は大手企業に波及しており弱者同士で経営統合で規模を大きくしても経営維持は困難となっている。
  • 受注不足の深刻となっている。 13年の世界の竣工予定は4,000万CGT予定となっているが、建造能力は6,100万CGTと巨大化している。 設備の破棄か期近の受注がない限り、僅か8か月(=40MCGT/61MCGTx12months)分の工事量の受注残である。 
  • 中国の造船所は省エネの技術が遅れている。 日韓と競争するには船価を安くするしか対応策がない。 従って、付加価値の小さい小型のバルカーの船価は更に10~15%下落する可能性が高い。 現在でも小型のバルカーを建造中の殆どの造船所が赤字受注となっており、助成金が必要な事態となっている。
  • 13年は世界の造船設備が9%と14年に11%合計20%がこの2年間で閉鎖に追い込まれる見込み。

中国は、13年は造船所の36%が不稼働となる。(CGTベースでは不明) 韓国は、13年は5%の80万CGTsが不稼働となり、新規受注の90%を占めた上位8社の設備の20%が余剰となる。
上述の通り出口の見えない危機的状況が続いている。13年は正しく正念場である。

(二) 懸念される中国の造船助成策
 この悲惨な状況は中国政府の大掛りな保護・助成政策が避けられない事を意味している。

 1) “国船国造”と“国油国船”による保護政策

i) 「中国がVLCC 発注計画が始動」海事プレス8/Novしている。 隻数は40~50隻と言われている。 COSCO等の国営海運が大手国営造船所に逐次発注されている。 但し、船価が市場価格の$90M弱であるなら、造船の助成策とはなっていない。 何かのカラクリがあるかも知れない。

ii) 民営最大手のRSHI(Rongsheng Heavy Industries)や国営でも小企業は対象外で大手国営造船所と大手国営海運会社に対する助成策となっている。 大手国営企業保護で精一杯で国営小企業や民営企業迄手が回らず放置されていると解釈すべきであろう。

iii) 中国の高官は海運自由のルールを否定するものではないと言っているが、事実は違っている。 困るのは40~50隻のVLCCの保護的な発注である。 これは市場の自律的な回復機能に水を浴びせるものであり、加え、シェールガス革命でVLCCの需要に先行き不透明感を増幅させるものであり歓迎されない事である。


  2) 戦艦の拡充とオイルリグへの参入 - 造船不況対策の一環

胡錦濤前主席が海事関係の充実を呼びかけたが、恐らく尖閣諸島や南沙諸島等の領土問題の先鋭化による戦艦の拡充とオイルリグへの積極的な参入を目指したものと思われる。

i) 戦艦建造

  • 中国国営の最大手造船所のCSIC(China Shipbuilding Industry Corp)の戦艦の売上が10%となっている。 系列企業で1隻の空母が12年9月に竣工、更に、他の系列企業が政府から管理船(日本の巡視船と同じ?)8隻を受注した。 そのうち4隻が竣工後尖閣諸島に派遣されている。 更に、海軍との関係強化の為国営兵器産業の副社長を会長として受け入れた。 
  • 戦艦の建造は、利鞘は薄いが、商船建造とは違い安定的で継続的な発注となるケースが多い事で現在の造船不況での生命線となっている。 
  • 戦艦建造から除外された大手民営造船所は国営一辺倒に不満を表明している。

ii) オイルリグ

  • 先行の韓国の3~4社とシンガポール2~3社の寡占に近い状況に中国の5社が参入する。 船舶建造より将来は明るいと言われているが、成功の鍵は原油価格次第であり安価な建造コストと新規開発での条件の悪化(水深や気候条件)に対応可能な技術の開発力次第である。

(三) 結びに代えて 

1) 造船業の国営と私営の仕訳は適切ではなさそうである。 中小の国営企業は地方政府の支配下である筈で日本流の公営企業との呼称が相応しいと思われる。 現段階でこの公営企業と民営企業の80%が姿を消す事となりそうである。 注目されるのが民営最大手のRHI動向であるが、中国国営のファンドも同社に投資をしている筈であり同社へ単純に波及する事とはならないと思われる。 但し、経営の内容次第であろう。

2) 造船の過剰設備の縮小は必至である。 通常、自由主義経済体制下では縮小には血と涙と時間が必要である。 それを象徴するかの如く12月に発生した江蘇東方造船所(JSE International)の数千人の下請け労働者が賃金未払と遅延に対する抗議ストが発生した。 13年はこの種の労働争議の多発は避けられないであろう。

3) 13年の造船能力は6,100万CGTの竣工予定が4,000万CGTの状態は1/3が設備過剰となっている事である。 中国鉄鋼業は生産能力10億トンで生産量が7億5,000万トンで約25%が過剰設備となっている。 この状態と比較しても恐るべき過剰設備である。 然しながら、中国は通常のOECDの自由主義経済とは違い政府の社会主義的管理政策、即ち、「見える手」で予想より早い設備縮小が可能かもしれない。 そうでなければ80年台後半の海運・造船の長期低迷の再来となりかねない。

4) 造船の今後の推移は、過剰設備を抱えている鉄鋼等の産業の嚆矢となる事は間違いないであう。 古典的な理論である過剰生産恐慌論が復活しかねない厳しい状況である。

5) 参考資料はFairplay-9/Aug、TradeWind-12/Oct、Lloyd’s List-14/Nov, 3/Jan/13等

 

 2012年の記憶に留め置きたい事件簿  
2013年1月掲載

2012年は過剰船腹と中国経済の減速を主因として海運市況は全体として低迷が続き想定内で特筆すべき動きとはならなかった。 然しながら、海運市場で無視できない記憶に留め置くべき事件が多発している。 今回は昨年に取り上げたテーマの中から状況が変化したもの、説明不十分で追加説明を加えたい事柄やテーマとする機会が持てなかった事件を取上げる事とする。但し、新鮮味が欠いた内容となる事は予め承知置き願いたい。


(一) 何故起きる過剰投資 - 12年4月号関連
 質問が最も多かったのが「性懲りもなく繰り返される船舶への過剰投資は何故発生するのか?」であった。 言葉足らずであり再度説明する事とする。

1) 海運市況はスポット市場の成約の集積
(i) スポット市況は少数のフリー船の引き合いの結果である。少数で懐が狭い分過度に反応して上下の振幅を実態以上に大きくする。そしてそれが恰も全体の船舶の需給で決定されたと錯覚する。この錯覚に心理面の要因が加わり、高市況下では過度の楽観論により過剰投資を呼び過剰船腹の温床が醸成される。これを強める作用をするのが船舶以外に代替大量輸送手段がない事である。これらが市況産業である海運を特徴付けるものであり判断ミスの遠因となる。反対の低落市況下では過度の悲観論を醸成する。

2) 新造船の発注と竣工に常に2~3年の時間差がある。剰船腹が顕在化した頃竣工のピークを迎える事となり加速度的な過剰船腹を来す。

3) 不動産と共通「神話の誕生」と過剰投資
不動産投資と船舶投資に共通点がある。その一つが価格の高騰や長期化は「神話」を生み過剰投資をもたらす事である。例として1980年台後半の日本の土地が狭いと言う理由での不動産神話であった。海運界では2003年以降の史上最高・最長の海運ブームでの船舶への投資時も「神話」が闊歩する状態をもたらした。この海運ブームでは慎重な意見が抹消され、過剰投資の歯止めが効かなくなった。結果は現在の市況の暴落である。 周知の事ながら「神話」は次の様な経過を辿る事となる。先ず、ブームの到来が投資を呼び、供給が需要を上回り価格の低落が始まる迄継続する。過剰投資が顕在化すると資産価値が低落する。同時に経営危機となる事が多い。問題はその時点で必要に迫られ売却しても購入価格を下回った売却となり経営危機脱却の手段とはならない。上記を海運に置き換えると、過剰船腹による市況低落で収益が悪化する。それと同時に船舶の市場価格が低落する。必要に迫られ(経営危機)所有船を売却しても残存簿価より安くなる。又、海運界独自のリセール(造船契約成立時から竣工時までの売船)の場合、新造船契約船価を下回る価格で売船となる。

4) 好況時の過剰投資は海運だけの問題ではない。然しながら、海運は上述の様に極端な投資が発生する性癖を持っている。但し、「性懲りもなく繰り返される過剰投資」は経験済みの事であり、良く耳にするこの「嘆き」は、それ自体市況に翻弄され経験を忘れた判断ミスの自己表示である。嘆く暇があったらそれを利用する姿勢こそがスマートである。

又、昨年の様な船員費も稼げない水準の市況の継続は疑問である。市場の自律的な調整機能を忘れるべきではなく小幅ながら反動があったし今後もある筈である。


(二) 爆弾低気圧と旱魃にハリケーンサンディが加わった2012年 - 9月号関連 

1)8月にエルニーニョとなったと報じられたが、10月には解消された。その結果、エルニーニョでもラニーニャでもない気候となっている。従って、米国とロシヤ・ウクライナ旱魃の可能性はなくなると思われる。又、昨年同様の凶暴な異常気象が発生すれば温暖化が原因であると言わざるを得ない。ラニーニャ・エルニーニョとは別に偏西風の蛇行と異常気象との関連性が気になる所ではある。何れにしても水と空気と気温の合成で発生する気象は気紛れではあり異なった気象を演出する事があるかも知れない。

2) 北米東岸では、10月末のハリケーンサンディの米国北東部直撃である。2005年のカトリーナの1,000億ドルに次ぐ$200億ドル損害を齎した。損害額に比例するかの如くPCタンカー(ガソリン等の石油製品輸送用)と原油輸送に若干の影響を与えた程度であった。一方、日中韓のアジアの東北地域では、春の爆弾低気圧の発生(日本のみ)や大型で強い台風の12-15(2012の12付す)号、12-14号(小型)、12-16号が、東シナ海の世界最大の原材料の揚荷港の集散地帯を直撃し恰もカリブ海の2005年の如き気象となった。

これらの異常気象は市況が軟化した状態での直撃であり市況への影響はい小さかったが、需給がタイトな状態では強い影響を与える事は間違いなく記憶に留めて億年である。


(三) シンガポール税制とマリタイムクラスター - 12月号関連
12月号でギリシャとシンガポールの海運税制の対比を述べたが、シンガポールの税制に一部訂正の必要がり加筆の上再度取り上げる事とする
1) シンガポールの海運税制

海運を国家の基幹産業として育成する為、次の様な条件を満たす船会社(船主とオペレーター)は優遇税制(実質無税)が得られるという海運支援政策が強く打ち出されている;

i) 船主の場合: 船舶はシンガポール国籍とする事。

  • 資本金S$5万以上である事。
  • スタッフ揃えて現地で意思決定している実態のある企業である事。 ii) オペレーターの場合: ・  シンガポール国籍の所有船が6隻以上あること
  • シンガポールでシンガポール企業に支払うコスト(人件費・オフィスコスト・船費・金利等の合計)が年間S$6 mil(約4億円)以上ある事。

ii) オペレーターの場合:

  • シンガポール国籍の所有船が6隻以上あること
  • シンガポールでシンガポール企業に支払うコスト(人件費・オフィスコスト・船費・金利等の合計)が
    年間S$6 mil(約4億円)以上ある事。

2) マリタイムクラスターとしての評価

ロンドンと拮抗する立場を確立した事は万人が認める所である。 然し、英語圏とは言え国民の大半が中国系であり、その中国の高度成長と共に発展した一面もあり中国の影響を強く受ける可能性がある事が問題である。 その理由は中国のは契約に対する感覚と認識(=Chinese standard)はロンドンで確立されたGlobal Standardと異質なものである。 これが新たなStandardとなる事は望ましくない。 これを阻止する為にロンドンとのタイアップの強化が望まれる。 ご参考まで、11年10月の記事を掲載する事する。 「In China real negotiations begin after the signing of a contract, which is just an agreement to work together」LL 2/9/11

3) 日本の海運関係者にとってマリタイムクラスターでの成功は悲願である

従って、EU並のトン数標準税制が最低必要である。 然しながら、日本の低成長が傭船市場を低迷させている。 造船も円高で韓国と中国の後塵を拝している。 又、マリタイムクラスターの最重要な役割を担うシップブロカーも協会員が50社を切る様に半減しており海技者の労働力の流動性もない事等で悲観的にならざるを得ない。 マリタイムクラスターの成功を願うより日本の海運業のシンガポールへの逃避を心配すべきかも知れない。


(四) 2012年の結びとして - 新年で懸念される事項

1) 中国の過剰設備の問題

i)  粗鋼生産能力が10億トン(11月号より1億トン増)と言われる過剰問題である。 これはCape-sizeBCを中心として海運市況低迷の長期化をもたらす危険性がある。 「海運市場が自律性を喪失していない通常の調整期間は3/4年必要である」(11年5月号)と述べたが、この調整期間の長期化は避けられず、後述の造船保護策と重複して非常に危惧される。

ii) 過剰設備縮小の必要性が強いのが造船業である。 目下の処、縮小よりも「国貨国運・国船国造」戦略の下、VLCC等の大型船の船台を所有の大手2社の国営造船所の保護策が中心である。 従って、対象外の中小の国営造船所や民営の大手造船所の将来がどうなるのかが問題となる。 何れにしても他産業の先触れとなるだけに注目される所である。

2) EUの貨幣統合は壮大な実験である

この人為が経済原理を大きく歪曲しているのであれば、ドルショック、オイルショック等の様にショックと言う形で混乱を起こす危険性がある。 問題点は貨幣統合で金利(南欧の不動産バブルの原因)を含めた金融政策は統一化されたが、税制や財政政策が後回しになっている事である。

 

 

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