本年1月に「Vale Brasil」が新日鉄住金君津製鉄所と大分製鉄所に寄港した。本船はいわゆるValemaxと呼ばれる40万DWT級の超大型鉄鉱石専用船で合計35隻の建造が予定されているが、ケープサイズバルカー市場(以下ケープ市場)への悪影響を懸念する声が聞こえてくる。本稿でValemaxのケープ市場に与える影響を試算したが、その影響は限定的であると思われる。本稿が悪影響を懸念する市場の声を多少なりとも緩和できれば幸いである。
(一) ケープサイズバルカー市場の現状
1) クラークソンによれば2012年のケープサイズバルカー(以下ケープサイズ)のフリートは前年比15%増加、2011年の19%増からは伸び率は低下したものの、二桁の増加となった。一方、鉄鉱石の海上輸送量は2011年の6%増に続き、2012年も6%増にとどまり、フリートの伸び率15%を大幅に下回った。
2013年は、鉄鉱石の海上輸送量が6%増を維持する見込みに対し、フリートは4%増への減速が見込まれている。フリートの伸び率がようやく一桁台にとどまり、海上輸送量伸び率を6年ぶりに下回ることとなる。2014年のフリートは2%増と一段の減速が見込まれており過去数年続いた需給悪化にようやく歯止めがかかろうとしている。
出所:Clarksonのデータをもとにジャパンシッピングサービスが作成
(二) Valemax
1) Valemaxが誕生した背景
鉄鉱石最大の輸入国中国の2012年の輸入シェアは世界全体の65%であり、日本の12%、韓国の6%を加えた日中韓の3か国の輸入シェアは83%を占めている。一方、鉄鉱石の輸出シェアは、豪州44%、ブラジル28%と2大輸出国で72%を占め、ブラジル、豪州からアジアに向かう海上輸送がメインとなる。 中国の爆発的な鉄鋼需要の拡大持続を見込み、Vale、BHP、Rio Tintoの三大鉄鉱石メジャーは、生産能力の拡大に注力してきた。豪州勢に対して地理的に圧倒的に不利なValeはコスト競争力の強化が急務である。コスト競争力及び製品競争力を高めるために、鉄鉱石の鉄分含有量は重要な要素の一つであるが、ライバルの豪州勢の平均鉄分含有量62%に対抗するため、Valeはブラジル北部カラジャス鉱山から産出する鉄分含有量が平均で65%以上の鉄鉱石をアジア向けに供給する必要がある。輸送コストの削減、需要及び価格の変化に対して柔軟に対応できるよう大型で輸送効率の高いValemaxの建造、日中韓への中継基地となるハブ基地*の建設に踏み切っている。 *フィリピン・スービック、マレーシア、オマーン・ソハール
2) Valemaxのコスト競争力
Valemaxの竣工隻数は揚げ地での荷揚げキャパシティの増加に応じて順次拡大しているが、Valeによれば2012年末現在で18隻竣工しており、2013年は新たに17隻竣工し、2013年末に全船が竣工する予定である。 Valemaxの資本費込の運航コストは、35,000ドル/日~40,000ドル/日*程度と推定されており、通常の20万DWTのケープサイズの運航コストを25,000ドル/日程度とすると、運航コストは通常のケープサイズ12.5セント/トン・日に対してValemaxは8.75~10セント/トン・日と25%~30%程度削減される計算である。ブラジルの産出地ポンタダマディラ(以下PDM)からフィリピンのFTS(Floating Transfer Station)スービックまでの1ラウンドを120日**とするとトン当たり3ドル~4.5ドル***の輸送コストが削減できる。大手鉄鋼メーカー向け2013年1-3月の鉄鉱石価格が100ドル程度であることを考えれば、コストダウンメリットは大きいといえよう。 *DVB Bank SE推定、**現在の運航実績から推定(表1参照)、***2.5セント/トン・日×120日=3ドル/トン, 3.75セント/トン・日×120日=4.5ドル/トン

出所:Bloombergのデータをもとにジャパンシッピングサービスが作成
(図3)Valemaxの航跡図 
出所:Bloomberg
(三) Valemaxによるケープ市場へのインパクト
1) 影響試算
上記のPDMからスービックまでの例をもとに、Valemaxがケープ市場に与える影響を考えてみたい。
Valeが保有する世界最大の鉄鉱石鉱山カラジャス鉱山の年間算出量は約1億トンであり、採掘された鉄鉱石は積出港PDMまで運ばれている。Valeの総鉄鉱石売上数量のうち40%以上が中国向けであるが、PDMの積出量の32%が中国向けであると仮定し、鉄鉱石3,200万トンの海上輸送について以下に考察する。
PDMからスービックへの航海を上記2-2で推定した通り年間3ラウンド(スービックでの積替えを含む)と仮定する。3ラウンドで輸送できる鉄鉱石の量は120万トン*であり、年間の輸送量3,200万トンをValemaxで輸送するには約27隻**必要となる。 2013年のValemax竣工隻数を17隻とすると2013年の平均航行隻数は27隻***となり、上記Valemax必要隻数と一致する。2013年はPDMからスービックまで3,200万トンの輸送が可能である。
次に、PDMからスービックへ3,200万トンを20万トン級のケープサイズで輸送するには何隻必要になるかを検討する。PDMから中国までは年間最大4ラウンド、年間輸送量を80万トン****とすると、必要隻数は40隻*となる。
*3ラウンド×40万トン=120万トン/隻、**3,200万トン/120万トン≒27隻、***2012年末18隻と2013年末35隻の平均(18+35)/2=27、****4ラウンド×20万トン=80万トン/隻、*****3,200万トン/80万トン=40隻
2) ケープサイズへのインパクト
Valemaxのフリートが35隻まで拡大した場合、20万トン級のケープサイズ40隻分の需要が食われることになるが、これは2013年末のケープサイズの予想フリート3億980万DWTの2.6%を占めるに過ぎない。上記試算では、スービックから中国へ積替え輸送するケープサイズの需要を織り込んでいないが、これを考慮すればインパクトはさらに低下する。Valemaxはケープサイズの2倍以上の積載能力を持っているが、荷役時間の長さやハブ基地化戦略により単純に2隻分の輸送能力を持っているわけではない。中国船主協会の反対によりValemaxが中国に寄港できないことが少なからず影響しているが、船体に亀裂が入る事故を起こしたことなども含めて今後の帰趨が注目されよう。また、Valemaxがすべて極東航路へ投入されているわけでないことも太平洋航路へのインパクトは低減すると思われる。
2013年以降にフリート伸び率が急速に低下する中、世界景気の回復を背景に鉄鉱石海上輸送量がいかに拡大するかのほうがケープ市場にとっては重要と思われる。 早々なる大型船からのバルカー市況回復を心より願う次第である。
11年11月号で“迷走続くValeのULCC”で中国政府(運輸省)とValeの紛糾状態を述べたが、依然として400,000dwt(Vale-max not ULOC)の入港拒否解決の目途が立っていない。 この解決が困難な状況が生まれた理由は次の2項目である。 第一は、Vale の海運市況高騰の継続に対する過信であり、それと関連が深い鉄鉱石のセラーズマーケットの継続に対する過信である。 何れも能動的過ぎた結果の誤算である。
第二は、海運不況に初めて遭遇した国営大手を含めた中国船主の深刻な経営不振で政府の保護と助成が必要な事態となっており受動的な誤算である。 今回は、上記の11年11月号のレポートの加筆・訂正と表題の通りの中国とValeの攻防戦となっている状況を整理し、それにコメントを付加える事とする。
(一) 現状
1) 建造計画
i) Vale-max(前回はULOC)を11年の3月第1船竣工から3年間で、社船と傭船ほぼ半数の35隻でその総船価は40億ドルの予定である。 標準船型の180型に換算すると77隻に相当する大量発注である。 現在(2月初め)20隻竣工したと言われている。
ii) Vale は船舶への投資に積極的で、Vale-max35隻の他に10隻のVLCC(Very Large Crude Carrier)を320型VLOC(Very Large Ore Carrier)へ改装している。
iii) 発注した造船所は、ほぼ半数が韓国建造であり残りは中国の民営の造船所であった。
2) 中国の入港拒否関連
i) 入港拒否後はSubic Bay( PI),Sohar(Omanの燒結工場),Taranto, Rotterdamと新たにVale期待のJFE SteelのWillanueva(PI)へ昨年10月に初入港した。 Subic Bay(洋上配送センター)ではValeが改装した320型VLOCを真ん中にVale-maxと100型+の2次輸送船を並列させ積替えている。 5/11-9/12の実績は、Subic Bayが5.6MT(41.5%)、Soharが4.8MT(35.5%)、Rotterdamが3.1MT(23.0%)、合計13.5MTで、現状Subic Bayが最重要となっている。
ii) 将来の計画
- アジアにVale-maxを接岸できる港は中国と大分以外にはなくマレーシアの西岸にSubic Bayと同様の洋上配送センターの計画があり、3月に1部完成、来年中にはフル稼働となる予定。 距離的にもライバルの豪州と同じ立場になると期待されている。
- 更に、中国の北東部にも中国向けの6割を取り扱う配送センターに投資する計画があり、外交交渉のテーマとして提案されると言われている。
- 新日鉄・住金の大分と君津の2港揚げで、近々入港すると言われている。 日本のオペレーターにとって脅威となるかも知れない。
3) 船体亀裂の問題
i) 11年11月に竣工したValeが傭船しているVale Beijingは、その処女航海で12月に積荷中にバラストタンクに亀裂が発生した。 事故後約7か月間傭船停止(off hire)となった。 その間の詳細(鉄鉱石の仮揚げ場所、その保管費、ドックへの回航費や修理費等)は不明だが、海運不況で損失が巨額となっている船主Pan Oceanは親会社のSTX O&S (Offshore & Shipbuilding) に対して損失額4,700万ドル(船価の43%)だとしてロンドンの仲裁に委ねた。 双方非難の応酬で親子の骨肉の争いの様相を示している。 STX O&Sは韓国の国内法で防衛する一方、仲裁に備えSTX EnergyをOrixへ売却、赤字経営となっているPan Oceanやその他の欧州の資産も売却が噂されている。
ii) この亀裂事故は安全上問題ありとしてVale-maxの入港禁止の口実を中国に与えた。 但し、11月竣工のBerge Everestは入港禁止(11年3月1日以降)前であった為問題なく入港した。 鉄鋼業界と港湾局は入港を歓迎しており明らかに海運の不況対策である。
iii) 亀裂の原因は7船倉ある内時間短縮の為5万トン強を1船倉に一挙に積載する事による船体の歪が原因であるとの韓国船級協会の指摘があり、今後は1船倉に集中しない分散型積載となると思われる。
(二) ブラジル鉄鉱石の運賃の不安定性
1) ブラジル鉄鉱石の輸送は海運にとっては難しい貨物一つである。 遠距離ソースの上に本来的には折返し配船が出来ない貨物だからである。 船腹需要増は近距離ソースから始まり、そこの能力限界に近づくと遠距離ソースへの需要増となりトンマイルの加速度的な増加により運賃が急騰する。 更に、全体としてスパイラル的に高水準の市況が形成される。 この段階になるとブラジルの鉄鉱石の運賃も太平洋からの空船配船が一般的となる。 反対に需要が減少に転じた場合、最初に船腹需要減となるのが遠距離ソースとなり運賃が急落する事となる。
従って、運賃の振幅が大きく不安定である。 従って、COA運賃の設定が難しいのがブラジル鉱石である。 特に、インド鉄鉱石の輸出規制がこの傾向を強める働きをしている。
2) Subic Bay とマレーシアの配送センターは何れも、洋上配送センターであるが、この本格稼働は、鉄鉱石の殆んど近距離ソースと言う事になりブラジル鉄鉱石の不安定性をある程度緩和すると思われる。
(三) Valeと中国の誤算
1) Valeの誤算
i) 輸送コスト面で次の様な2の誤算があった。
- (II)1. で述べた通り、入港拒否で40万屯の鉄鉱石を比島のSubic Bayで洋上積替えを行っている。
Vale-maxの中国直行と比較すると、Subic Bay/中国の2次輸送の運賃分程度はコスト増となっていると思われる。 加え、Vale-maxのコストからの運賃は$20を超えると言われている。 一方、過去2年間の平均運賃は$19で$2~$3逆さや、即ち、コスト増となっている。
- 以上の2項目の誤算によるコスト増を低めに$5とすると下記の通りとなる。1隻の輸送量を年4航海160万トン、コスト増$5として計算すると800万ドル(=170,000 X 4 X $5)となる。 2月の時点で20隻竣工、残り15隻も月1隻程度増加する。 従って、直接入港できないとそのコスト増は時間と共に増額し莫大な金額となる。
ii) 発注先が韓国と中国の民営造船所である事も問題である。 大手国営が関与しないと政府に対する造船業全体の不況対策として入港禁止解除を要求する動きとなり難い。
2) 中国の誤算
i) 海運に本格的に参入して初めての市況の低落であり情状酌量の余地はあるかも知れないが、国内船主の予想外の経営の悪化である。 又、リーマンショック後の市況暴落は金融混乱から来た一時的な暴落で本来の海運市況のサイクルとは異質であるにも拘らず、市況低落は簡単に回復するとの楽観論を醸成させ経営の悪化をより深刻化させたと思われる。
ii) 海運の過剰船腹同様造船業も過剰設備となった事である。 両業界とも政府の保策が必要な状況となっている。
(四) 結びとして
1) 両者の誤算を見る限りに於いては、本格的な市況悪化を初めて経験して狼狽していると言う状況である。傭船の判断力は海運市況のサイクルを最低1回出来れば2回の経験が必要である事を再認識させられる結果である。
2) Vale-maxの入港の解決策としては次の2が考えられる。
i) 中国とブラジルの外交問題として取上げられる程の大問題となっている。上述の通り双方共々誤算はあるが、Valeの誤算が大きいと言える。中国船主の経営回復に時間が必要な状態で入港禁止の撤廃はブラジルから見返り次第と言う事になりそうである。
ii) Valeが13年中に中国に同社鉄鉱石の6割を扱う配送センター設立の計画を外交交渉の場で申し入れ中とのことである。 入港許可取得の環境作りと思われるが、経営不振の中国船主の傭船機会を侵食すするものであり成功には疑問が伴う。
3) 結局はブラジル鉄鉱石の運賃が$25以上に上昇するのを待つ以外になさそうである。 然し、造船が1/3の過剰設備を抱えており過剰船腹の解消と市況回復には時間を要する見込みである。この運賃低迷が入港禁止の解禁を遠いものとする事になりそうである。
4) Valeの苦渋の長期化の遠因は鉄鉱石の売手市場が継続し海運況が高止まりするとの傲慢とも言える判断ミスによるものでる。それが35隻のVale-maxに巨額の40億ドル投資するにも拘らず根回し不十分の侭建造し入港拒否を来したのである。
5) Valeと中国の誤算の衝突がスマートさに欠けると言う事で欧州ではBig Fight(大攻防戦) と言う表現が揶揄的に使われた。但し、その内容から言えばドタバタ大騒動が相応しい日本語訳かも知れない。